■登山講座というかたちで私が関わってきた人たちはほとんどが「中高年」から「シルバー」という世代ですから、まだ十分に若い皆さんには信じがたいことだと思いますが、かなりのパーセンテージで「字が読めない」人たちでした。日本の山では文盲率がどんどん高くなっている、という感じでしたね。
■じつは私は中年になるまで裸眼で運転免許をとっていましたが、登山講座を受け持つようになって多焦点の、いわゆる「遠近両用」のメガネを常時かけるようなりました。「文字がだめ」というほどではなかったけれど、地図の細かいところはどんどんだめになりました。
■近いところでは文字が読めない、読む気力がなくなってくるというわけですが、遠くのピーク、たとえば首都圏の山々でもうまくすればちらりと見えてくる槍ヶ岳などを探してもらうと、遠くも見えない人が多いんです。視力がないという人ばかりではないはずなので、遠くのものまで「見る気力がない」のだと感じました。つまり眼力を活用しない人たちが驚くほど多いんだと思いました。
■日本酒の名前で有名な八海山(1,778m)に登ったときに、前日の腹ごなしに登った前山の金城山(1,369m。こちらも日本酒の名前になっていますね)で、高齢の男性がスポッといなくなりました。急斜面で落ちたのですがヤブに助けられて生還しました。原因はもちろん足を踏み外したわけですが、その人がほとんど盲目に近いということも初めてあきらかになったのです。中学の理科の先生だったひとで、けっこう長い付き合いだったのに、足元もはっきり見えていいないというほどだとは気づきませんでした。そういう意味で、高齢化は「見ないで生きる」範囲を生活の中で広げているという危険な思想に侵食されていくことでもある、と思うようになりました。
■登山は、そういう意味で、私の守備範囲である「一般登山道」を歩くだけでも、ときにものすごく危険な要素をはらんできます。でもそれが「危機管理」という側面から生き方に喝を入れてくれるものでもある、と思うようになりました。
■老眼鏡を持ってもらうのは比較的簡単でしたが、遠近両用レンズにどうしてもなじまないひともかなりの割合でいるようです。テレビを見るのと新聞を読むのを両立させたいときにはほとんど問題がないのですが、山道で足元を見ようとするとき、つい顔を下げてしまうと眼鏡からつま先までの1m+&のピント距離に合わせることができず、理解もしにくいという人がどうしたってでてくるんですよね。そういう人には、今のメガネは紫外線から目を守ってくれますから……と。