■「夏の山歩き」と「冬の山歩き」の間に当然のことながら「秋の山歩き」があるのですが、9月の末から10月の初めに、北海道の山、たとえば大雪山に紅葉と初雪が同時にきてニュース映像として流れたりします。北アルプスなら涸沢の紅葉がほぼそれと重なりますね。富士山なら8月の末で「夏山」は終わりです。平地の暦では10月までが秋ですが、京都の紅葉や東京のカエデは11月の終わりに華やかな色の饗宴を見せて師走の足音を感じさせてくれたりします。気温が「10℃」を割ると紅葉が本格的に進む、ともいわれますね。
■ご存知のように、大気の温度は地表から1000m上空で6℃下がるといわれます。だから北アルプスの稜線では真夏でも天候によっては10℃を下回ることがあります。その「10℃」は温度計で探ってもなかなか見つけにくいのですが、私たちの「手」がものすごくいい感度で測ってくれる上、その「10℃」が秋の山歩きでは危機管理上のかなり、というか、きわめて重要な指標となることを皆さんに体感していただくようにしています。
■もちろん人によって体感温度の「10℃」が温度計ときっちり重なるわけではありませんが、自分の手で感じられる温度の変化点ははっきり出ます。それは「風に吹かれると指先が冷える温度」なんです。自転車に乗っていて手が冷たい、と感じるときの温度です。
■以前、9月に白馬鑓温泉から白馬三山縦走をしたことがありますが、初参加の男性が、稜線で顔面蒼白になりました。調べてみると昨夜の温泉気分が災いしたのか、下界での夏の肌着で登ってきたんですね。稜線に出たとたん北風に吹かれて、登りで書いた汗が体温を一気に奪い始めたという、よくあるケースでした。
■気温が10℃を割ったということと、肌着が湿ったという2点がそういう状態を引き起こしたわけですから、登山技術としては「透湿防水機能」の雨具でも簡単にクリアできる程度のことですが、「お勉強」のいいチャンスなので肌着を着替えてもらうことにしました。女性の皆さんに外向きの輪を作ってもらって、その中で男性の肌着を、私の予備のTシャツに着替えてもらったのです。機能性肌着が一般的になる前のことですから、登山用品店に馴染みのない男性の多くは「夏の肌着は綿でなくっちゃ」という呪縛の中にいましたね。ともかく、薄っぺらな肌着1枚を替えただけで、大きなマイナス要素はあっけなくゼロに戻ったのです。山歩きのお勉強としては最高の場面でした。
■秋口の白馬の稜線にそんなド素人さんを連れて行くというプラン自体、常識はずれだといわれそうですが、仕事仲間だった登山ガイドはまさにこの時期、このルートでうずくまっている登山者と出会ったことがあるそうです。外見的にはなんの問題もなさそうなのに、動けない、意識が怪しくなりつつという状態で出会ってしまったのだそうです。原因は何か? 多分休憩したときに、ザックを開くことができなくて、食べ物も、衣類も出せなかったのだろうということでした。なんで? 指先がかじかんでもたもたしているうちになんだか無駄な時間が経ってしまったのだろう……ということでした。もちろん、ザックから衣類を出し、甘いものを一口食べたら歩けるようになったのですからその想像でいいのですが、あと少し時間が経っていたら、そんなアホな原因論では信じられないほど重大な事故となっていたはずです。
■手のひらで感じる軽い冷たさ、しかも風がなければ冷たくない、というその瞬間が、温度計で10℃であろうが11℃であろうが、9℃であろうが、自分の体が「冬に直面している」と警告しているという意味でだいじ、なんだと思うのです。手先を温めればいい、というレベルではないのです。ちなみに、指先を徹底的に護らなければいけない次の段階の温度変化は「5℃」です。これも温度計より体感温度の方が重要で、一般的には「使い捨てカイロ」(ハンドウォーマーといわれる「貼らないタイプ」)が一斉に売れ始める気温として知られています。そのときには山ではどのような手袋が有効か、というなかなか難しい問題が出てきます。