■まったく初めてに近い超初心者の人を真冬の山歩き誘うと、そこで大活躍してくれるのが富士山です。首都圏の山歩きでは冬は天気が「いい」うえに、雑木林が葉を落として、あちこちで富士山が顔を出してくれます。日本海側で雪が降っているときには太平洋側では晴れているのが日本の冬の基本的な天気ですから、富士山はいつも微笑んでいるといっても過言ではありませんよね。おまけに陽光がさしていますから温かい。じつは最高の山歩き日和が続くのです。
■さてその次の段階。「昨日、山で富士山を見た」といえば、山登りなどとは縁のない人にもその価値の一端を感じてもらえると思いますが、「槍ヶ岳を見た」と言ってもほとんど価値がありません。ところがそれを山を歩いている人たちにいうと、「えっ! どこで?」「どこ? どこ?」というようなシャープな反応が返ってくるはずです。私は、そういう「槍ヶ岳組」を生み出すのが仕事だと思ってきました。
■簡単にいえば、本州中央部の標高2,000m級のピークや稜線に立って、真っ先に「槍ヶ岳」を探してみることです。じつは下界から直接槍ヶ岳を見られる地点は皆無に近いのです。信州・松本のあたりからなら日々槍ヶ岳を見上げながら暮らしている人が多いだろうと思うと、さにあらず。見えないんですね。安曇野を含む松本盆地からだと大きなピラミッドとなっている常念岳が槍をがっちりと隠してしまっているのです。そのことは、美ヶ原の王ヶ頭ホテルに泊まって、翌日ホテルの送迎車(冬は雪上車になります)で下ると、槍ヶ岳がしだいに常念岳にとって代わられる一切合切を車窓に見ることができます。風呂(や部屋)から槍ヶ岳を眺められる宿としては新穂高温泉の槍見館が有名で、たぶん唯一無二に近い存在だと思います。
■槍ヶ岳は標高3,180mで高さでは日本で5番目、大槍と呼ばれるピークと、その脇にある小槍の位置関係が見る場所によって変わるのですが、そんなことより前に、真冬でも黒い小さな槍先が穂高連峰の北どなりにちょこんとあって、本州中央部に集結した3,000m級の高山たちの中心的存在として見えてくるのです。どこから見ても表情を変えない槍ヶ岳は「探して見つける山」だから、価値があるのです。奥秩父の甲武信ヶ岳(2,475m)の山頂に立つと、南の富士山と北の槍ヶ岳が堂々と睨み合っている感じがします。
■すると次に、当然「槍に登りたい」ということになりますが、登るだけなら今や「山岳観光地」です。設備が整っているので、山小屋3泊でゆっくり歩けば槍の穂先に立つことが可能です。はるか彼方に富士山を望むとき、日本のてっぺんに立っているという広大な山岳景観を楽しむことができるのです。