■私は大学の探検部で川下りをやっていました。そのころは「2尺4寸」と呼ばれる大型のキスリング・ザックが私たちの標準装備でした。ちなみにキスリングというはスイスのキスリングさんの名前で、それを1929年(昭和4)に片桐盛之助という人が日本で作り始めたのだそうです。キスリング・ザックの名門となる片桐では蝋引きの9号帆布で小型(50cm)から超々特大(76cm)までの6サイズを現在も造っているようで、74cmは超特大、現在の価格は65,000円だそうです。茶色い帆布で横幅がそれぞれのサイズになっていて、両側に大きなポケットがついています。本体はかなり長く引き伸ばしてキャンプ用品や食料を詰め込むと50kgにもなりますが、さらにその上に長尺物や荷物を詰めたサブザックを上乗せすることも可能です。戦前の写真を見ると茶色いおにぎり型の「リュックサック」を背負っている人が多いですが、それはキスリングザックの上部を絞ってぐるぐる巻きにした場合。50kg背負ったのは夏の知床半島へ1か月の予定で出かけたときだけで、通常は水を背負っても30kgが最大量だったと思います。
■なぜキスリングザックの話を長々としたかというと、当時の川下りでゴムボートが転覆すると、私たちはなんとかボートにとりついてどこかで体勢を立て直すのですが、荷物は勝手に流されてしまいます。目一杯詰め込んだキスリングザックが勝手に流れていってしまうので、それを拾い上げながら下っていくのです。えっ? と思う方がいるはずです。くわしく説明するとザックはどれもプカプカと浮かんで流されていき、いくつめかの蛇行部分で流れの内側(反流部分)でプカプカしているので、それを拾っていくのです。
■キスリングザックの帆布は蝋引きでしたが、私の感覚では濡れると繊維が膨らんで防水効果が高まるのだと思いました。とにかくある程度の防水なので沈みにくいということと、20kg、30kgという重さのザックでも中にある空気のおかげでプカプカ浮かぶだけの浮力があったのです。そのプカプカはなぜなのかを別の言い方をすれば、大型の思いザックでも「比重が1」ではないということです。比重が1ならほとんど沈みつつ、水面に漂っている状態になるはずです。
■ザックが水に浮くということは「比重が軽い」ということです。私の登山講座に参加した皆さんには30リットル、50リットル、80リットルという大きさを目安にすることを提案しましたが、キャンプ用品や食材を持たない日帰りや小屋泊まりでのザックの比重はだいたい「2」だとわかりました。つまり30リットルなら6kg、50リットルなら10kgで、小屋泊まりの縦走登山であれば50リットルザックに10kgの荷物を入れて、10時間の行動(休憩を含む)ができれば北アルプスや南アルプスの小屋泊まり縦走が可能という基準を示すことができるようになりました。
■それとその比重を浮力として使って、川下りでの下山にも挑戦しました。装備はもちろんポリ袋で包んで風船状にしますが、何重にも密封してザック内を空気袋状にするのです。肩ベルトを長くして腰から背中を浮かせるように背負って、前向きに川で流されるのです。
■これは「スーパージャンプ」というコミック誌の「ネイチャーパイロット」という連載でやりましたが、大きな問題がでてきました。快適に下っている私たちが岸辺の人に手を振ったりすると「流されている」と判断される危険があるとわかったのです。
■もうひとつはたとえば涸沢からの下山時に、横尾大橋あたりでザックのまま飛び込んで、安楽椅子スタイルで河童橋まで下るという夢を描いていました。そこなら面白がって見られることはあっても、遭難していると間違えられることはないはず……と思ったのですが、とんでもない危険があることに気づきました。冬に出かけてみるとわかるのですが、右岸(上流から見て)のトラック道路は除雪されていて、梓川の川床の浚渫がおこなわれているのです。ところどころに金網で包んだ石で流路を保護したりしています。その、水流中にある人工物、たとえば杭のようなものが流れを切り裂いていたりすると、危険なのです。自然の流路では中心のいちばん早い流れの中にいるかぎり、そういう危険は考えません。ところが冬に浚渫される梓川ではどこに人工物が隠されているかわからないのです。