■四半世紀前、糸の会に参加された皆さんには登山用の雨具を買うことを待ってもらいました。2万円でダブルストックを買っていただくのが先、でしたが、それが理由ではありません。登山用品店に行って雨具が欲しいというと「どんな山に行かれますか?」などと聞かれます。いずれ行きたい「北アルプス」などというと、当然、専門店の店員としては「いい雨具」を勧めます。もちろん手頃な価格の品も見せてくれるでしょうが、登山用品店で「いい雨具」というのは「高度な登山に耐える雨具」ということになるでしょうか。使用できるシーズンや耐久性など、性能の評価ポイントはいろいろあります。そして「性能アップ」は価格アップと連動しています。いいものは高いのです。
■そのとき私は、買ってほしい雨具は最初から決めていました。モンベルのデビュー作と言っていいストームクルーザーでした。パラシュートの布にゴアテックス防水を施した(というような)信じがたい軽量・コンパクトな雨具上下が2万円でした。私にとっては軽量・コンパクトというのが最重要項目でした。なぜなら、やさしい山から始める登山では、使わずに持っているだけ、の時間が圧倒的に長いからです。
■雨具はもともと、防水素材の性能が重要でした。大昔は柿渋を塗った紙などが使われていたようですが、同時に稲藁を束ねた蓑などもありました。雨が侵入する前に落としてしまえば濡れない、あるいは濡れにくいという雨具です。それは藁束などで葺いた藁葺き屋根の機能に準じたものですね。実用的な登山用の雨具として私がかろうじて知っているのはゴム引き布でしたかね。でも重くて嵩張るので使いませんでした。私が学生時代に使ったのは確か防水コーティングしたビニロン布ではなかったかと思います。それで一人用の三角テントを作ったりしました。
■ゴアテックスはNASAの技術者だったゴアさんが水道管に巻くテープにヒントを得て、蒸気は通すけれど水は通さないという薄いフィルムを実用化したのだと(当時どこかで)書いた記憶があります。そのゴアテックスの第一世代はすぐに水漏れするという失敗作でした。脂分が小さな穴の表面張力を弱くして水の分子を通りやすくしたために、汗で防水性能が落ちたのだと聞きました。ゴアテックスの技術的改良は当初、その油分に対するものが主力だったと、同様の技術を追っていた東レの技術者から聞きました。
■ともかく、ゴアテックスというある種藁屋根構造に近い「透湿防水フィルム」が登場し、それを日本のベンチャー企業だったモンベルが、ペラッペラのパラシュート布に貼って、頼りないほど薄っぺらな雨具を作ったのです。そしてそれを海外市場にデビューさせるとき「永久保証」を掲げたというのです。取材記者としてそう書いた記憶がありますが、どのレベルの「永久保証」であったのか、欧米の冒険家たちからボロボロのストームクルーザーが次々に送られてきたといいます。……でも創業社長の辰野勇さんがヨーロッパアルプスでアイガー北壁の「最年少登頂者」だったそうですし、大阪の商社で繊維を扱っていたこともあるそうですから、欧米の冒険かたちをターゲットとした野心的なレインウエアとしてデビューしたというわけです。
■そのストームクルーザーは現在9世代だそうです。その初期のものを私は標準装備としたのですが、最初から揃えてもらったのではなく、温かい時期の山では使い捨てのレインコートなどを用意してもらって、私自身は大型ゴミ袋製のポンチョを用意したりしました。温かい季節なら濡らしたくないところを守るだけでもいいのです。しかし体を冷やしたくない季節なると、濡れないだけではいけないのです。あるいは夏でも3,000m級の高山地帯になると行動力を失わないために、からだを湿らさない道具として、透湿防水という機能は重要な存在となったのです。雨ガッパから防水皮膚というような存在に進化したのだと感じていました。
■私はゴアテックス以外の(類似の)製品を自分のものとしてずいぶんいろいろ使っていましたが、「ゴアテックス」が圧倒的な存在であったのは、ゴアテックス社(WLゴア&アソシエイツ社)が製品性能を保証したものにしか素材を提供しなかったからです。私も一時、ズック靴対応のための登山用防水スパッツを製品化したことがありますが、ゴアテックスの布地は入手できず、東レのエントラントを卸してもらったのです。つまりゴアテックスは自分の素材が製品となって「雨具」としての機能を全うする製品に対してゴアテックスという品質保証をつけたのです。
■そのようにしてゴアテックスは王座の位置に君臨していたのですが、問題はありました。私の参加者がスイスで買った有名ブランドのゴアテックス雨具が、新品状態でダダ漏れ状態だったんです。あるいは別の人が雨で体を濡らしたということでクレームを出すと、製造メーカーではなく、ゴアテックスの品質管理セクションがそれで水漏れテストをして製品に問題がありません、という結論を出してきました。ご両人とも結果に納得されませんでしたが、それは「使い方が悪い」「着方に問題があった」としかいえません、という結論だったからです。布の防水機能と、製品の防水構造に加えて、ユーザーの着方、つまり使い方が3つ揃って、道具として100%の性能となるのですから、判定は難しい。それをゴアテックスはやっていた、とはいえるのです。四半世紀前、新生モンベルのストームクルーザーは「ゴアテックス・レインウエア」の革命児であったこともまちがいありません。
■今はどうか? わかりません。ここ数年、私はワークマンで販売されていた株式会社コヤナギの上下6,000円代の作業用雨具を使ってきました。エントラントというとナイロン生地の内側に白い透湿防水フィルムをラミネートして、肌との接触を不快にさせないためにネット生地を添えています。工事現場でよく見る安物の雨合羽です。でも東レは布地を開発して、需要があればどんどん供給するだけなので、私のように売れない製品をつくっていくつかの登山用品店に置いてもらったりもできたのです。コヤナギという石川県の会社は「創業77年のレインウエア専業メーカー」ということですから、カタログを見るとわかりますが、登山のように複雑な行動環境の中で使われるというよりは、四季をめぐりながらほぼ同じ環境でほぼ同じ作業をする人たちに使われる労働作業衣として作っているわけですから「重さ」以外は性能をごまかせないところがあるはずと考えて買ったのです。ただ、まだ、雨のチャンスがあまりありません。「重めの雨具」をザックに入れっぱなしにしています。
■最近、ワークマンが女性向きのちょっとおしゃれなアウトドア用品を作り始めていますが、国内の店舗数は1,000店に近づいています。登山用品が割高なのは用途に合わせた「性能」に特化しているので、私はズボン(という言い方は古すぎますが)には絶対お買い得というものがあると思っています。しかしロットが小さいためにバーゲンでも考えてしまうという値段だったりしますよね。それに対してワークマンがつくると単価が驚くほど安くなるという例は日本が誇る「100円ショップ」の低価格販売とアイディア開発で知られたところだと思います。
■そういう点では1998年に始まるユニクロのフリース革命を思い出します。200万枚、850万枚、2,600万枚と年々拡大した量産によって、背広を買うような気分で買っていた米国モールデンミルズ社のフリース(ポーラテック、あるいはパタゴニア社のフリース)が、たちまち気軽な街着になってしまいました。それは特許の問題もあったでしょうが、世界的繊維会社である東レがユニクロとタッグを組んだからでした。
■本題の透湿防水レインウエアに関しては、新しい波を予感させるニュースがあります。たとえば「MINOTECK+」という帝人が開発した「耐久撥水素材」であたらしいウインドブレーカーを開発したというのです。帝人フロンティアによると「蓑」なんだそうです。———蓑は、イネの葉などから作られていますが、イネの葉には、微細な凹凸が無数にあり、表面に着いた水滴を葉の軸方向に速やかに流れ落とします。「ミノテック」は、生地表面の縦方向に水滴を流す構造、横方向に水滴の表面張力を低減するための凸構造を配したマイクロガーター構造をもっており、イネが持つ撥水メカニズムを繊維で再現することで、水滴を滑らせ、雨を避けます。———
■「登山用としては使えない」という意見があるのは当然として、私の古い友人で現在もなお「オートバイツーリングの神様」と呼ばれている賀曽利隆さんは、「透湿防水」などという製品のない時代「雨具は2枚もっていればなんとかなる」といっていました。「多機能・高級」より「安価・複数」のほうが合理的という考え方も厳然としてあるわけです。私が取材したことのあるモンベル社員のかたは「岩場でのビバークなどでは透湿じゃない雨具のほうがいい場合もあるんです」と語っていました。新しい素材と斬新な開発による新製品にはいろいろな可能性と失敗が同居しています。「自分流の考え方で判断する」ということに投資する、という意味では、ワークマンのような多店舗・安価型の商品をきちんと見てみる必要もあるかと思います。自慢話をしたいがために登山用品専門店で買うという人にはなんのアドバイスにもなりませんが。